父親

「両親は？」と聞かれたら、
「いない」と答えるようにしている。

実際、母親は２１年前に死んだ。
しかし、父親は生きている。
両親が離婚してからほとんど合うこともなく、ここ１０年ほどは連絡もしなかった。

父は、怠け者で自分勝手で、子供に関心の無い人だった。おかげでオレは、子供の頃から貧乏な生活をしていたのだ。
ただ、不思議と父親には、それほど悪い感情は持っていない。
育児や家事の一切を背負わされて、いつもキーキーとヒステリックに怒鳴り散らしていた、母親のほうが死んで２０年たった今でも、オレは恨みに思っているぐらいだ。

その父親がガンで、余命いくばくもないらしい。聞けばさほど遠くない特養ホームに入所しているとのこと。
そこで、今日自転車で１時間ほどかけて会いに行った。

見舞うというより、オレの将来を見ておきたかったのだ。
４０を過ぎて、バイクや自転車で走り回ったり、晩酌を始めたり、オレと父はよく似ている。
最近は、乱視まで受け継いでしまって、免許更新のためにメガネを作ったほどだ。
きっとオレも、オヤジと同じような最期になるんだろうなあ。

会ってみて、意外と元気そうなので午前中だったが、「飲むか？」と聞くと、
「酒か、飲みてえなあ。」というので、冷えた缶ビールを買ってきて、ベット脇で飲むことにした。
今日は暑かったので、ビールが美味かった。すぐに飲みきって、もう一本買っておけばよかったと思ったぐらいだ。

父は認知症もあるらしく、咬み合わない話を１時間ほどしたが、疲れたようなので帰ることにした。
空き缶を片付けようとしたら、父のほうには、まだ半分ほどビールが残っていた。

年をとるっていうのは、こういうことなんだな。

今までオヤジと飲んだことはなかったと思う。そしてコレが最後だろう。
生きている父を見ことは、きっともう無いとな。
オレとは種類が違うが、オヤジはオヤジなりの下流生活を全うしたと思う。